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PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.88 「無常」

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「無常」

 祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響きあり...

これは、皆さんご存知の平家物語のはじまりの一節です。

この無常という言葉、そもそも仏教の言葉で この世に存在するものは、

すべて生滅して 変化し続けているという意味だそうです。

【すべて生まれたものは、限りがあって、死んでゆく】

【すべて集めたものは、限りがあって、散ってゆく】

【すべて得たものは、限りがあって、消えてゆく】

【すべて造ったものは、限りがあって、崩れてゆく】

【すべて高みにあるものは、限りがあって、陥ちてゆく】

これは無常を詠った詩ですが、だれがこの詩を創ったのか

わかりませんが、おそらく仏教の修行者だということです。

私自身、この宇宙に唯一の真理があるとするなら、

「この宇宙で、変化しないものなど存在しない」

すなわち、すべて存在する者は、無常である」ということのような気がします。

人の心も、身体も、人間関係も、そう私たちが住む街、国、世界 この地球も、

そして宇宙すらも変化して止まないのが真理のように思います。

そうした中、淡雪のごとく手のひらに達した瞬間消えていくような幸せを

いつまでも、とけずに残っていると思い、握りしめ離そうとしないのが、

悲しいかな人間の性ではないかと思います・・・。

私は、この「無常」に関して、お釈迦様のキサ.ゴータミという

女性信者の話を思い出します。

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キサ.ゴータミは夫と幼い息子と幸せに暮らしていました。

ところが、不慮の事故で夫を失います。

悲しみに打ちひしがれている間もなく、流行病(はやりやまい)で、

最愛の息子も亡くなってしましました。

度重なる不幸に、茫然自失し 息子の死を受け止めることができませんでした。

キサは、村の医者にもう息をしていない息子を見てもらいます。

医者は、首を横に振って言います。

「残念ながら、死んでしまった人間は生き返らせることはできないな」

それでもキサは、あきらめることができず、腐敗し始めた、息子の躯を背負い、

村々をさまよい歩き道行く人に尋ねます。

キサ 「もし、どなたか、この子の死の病から生き返らせてくれるかたを

    しらないでしょうか」

男 「うっ! なんだ、あんた、この子は死んでるんだよ、生き返るわけな いよ」

男は、狂人を見るように、走り去っていきます。

キサ 「もし、そこのご婦人、この子を生き返らせてくれる人をご存じないで すか」

女 「祇園精舎というところに、お釈迦というかたがおられ、何でも、不思議な神通力を

  使って奇跡をおこすという噂ですよ」

キサ 「ほんとうですか!ありがとうございます、お釈迦様にお会いしにそこ に行ってみます!」

キサは、お釈迦さまに合いに祇園精舎を訪れました。

キサは藁にもすがる思いでお釈迦様にお願いをします。

「あなた様が神通力で奇跡を起こすという噂を聞いて、長い旅の末 ここに参りました。

どうか、どうか、この私の息子を死の世界から蘇らせてください お願いいたします。」

お釈迦様は、慈悲深い眼差しでキサを見つめ、答えます。

「あなたの願いはわかりました、 今まで死者を一度も出したことのない家から、

芥子の粒をもらって来て 下さい」

 「本当ですか!ありがとうございます!」

キサは喜び勇んで、芥子の粒を探しにいきます。

キサ 「あの~もし、おたくの家で亡くなられた方はございますか?」

ある家の村人 「半年前、父が事故でなくなったばかりで・・・」

次の家でも 「娘が、流行病で二年前に死んでしまって・・・」

その次の家でも 「兄が、毒蛇に噛まれて一年前に・・・」

キサは、毎日足が棒になるまで芥子の粒を求め、村から村へと歩き続けました。

しかし、死者を出したことのない家は見つかりません。

そして、いつの間にか 祇園精舎の前に戻っていました

お釈迦様は、キサに優しく語りかけます。

 「キサよ、芥子の粒は見つかったな?」

お釈迦様の言葉を聞くなり、キサの目から

とめどなく涙があふれました。

ひとしきり泣いた後、キサはお釈迦様に言います

「無理なお願いをし、申し訳ありませんでした。芥子の粒はどこにも見つかりませんでした。

私は、自分の息子が、死んだにもかかわらず、悲しみのあまり、息子の死を

受け入れることができませんでした。私は、気づきました。

死は、私の息子に起こった特別なことでなく、多くの人がそれを受け入 れて、

乗り越えて生きているということを ・・・そのことを教えていただいて、ありがとうございます。」

お釈迦様 「最愛の息子を亡くすとうことは、耐えがたい苦しみだったでしょう。

しかし、この世のすべては無常です。生まれそして滅して変化し続けます。

我々人間とて、無常ということから逃れることはできません。

私達は、この精舎に集い、無明から目覚め 正しい道をもとめ修行をしています。

あなたも、ここで一緒に修行をしませんか」 キサは、その後 最愛の息子を荼毘にふし、

お釈迦さまのもとで修行を積んで悟りを開いたというそうです。

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行きつけの美容室で若くなったといわれたようで、先ほどから妻が、

ご機嫌で鼻歌まじりに洗濯をしています。

突然、家内の鼻歌が消えました。

家内が「あ~、また~、入ってる、あのね~  

    あなたのズボンのポケットは、いつも

    ティシュだの、紙切れだの、綿棒だの、

    洗濯するものの身になってよ。まったく~」

そう、家内の機嫌も『無常』でありました。

   

ところで皆さん、お口の中も無常です。

噛み合わせも、歯肉の状態も私たちのクリニックでは、

できる限り治療した歯が変化しないように、長持ちするように努力しています。

しかし、どんなに快適で、調子が良くても 最低年に2~3回は

チェックとメインテナンスを受けられる事をお勧めします。

 

※キサ.ゴータミの話は、仏教教典に書かれているオリジナルとは、

 かなり違うかもしれません。

  私の独断と偏見で脚色させていただきました 関係者各位の皆様、ご容赦ください。

   
1年にわたり、お付き合いいただきました、ブログですが
ここで少し一息いれ、暫くの間お休みをさせて頂きたいと思います。
 
読むに耐えないような、稚拙な文章にもかかわらず、お付き合い
いただきました読者の皆さま、そして、様々な私の注文にも、
いつも素早く的確に行動し、編集をしていただいた、
ウサギ編集長に、改めて感謝の意を表したいと思います。
本当にありがとうございました。
 
                        添田 義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.87 「梅にウグイス」

 

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「梅にウグイス」

  
3月11日に、起こった東北関東大地震で

被災された多くの皆様のことを思うと胸が痛みます。

心からお見舞い申し上げます。

   

さて、梅の花が我家の庭に、綻びはじめ、春の訪れを感じさせます。

数日前から、朝早くに『うぐいす』がやってきます。

「梅にウグイス」とよく言われますが、ウグイスは、梅の木を目当てに

やってくるのかなと思い、調べてみると、彼らは、梅の木というより

薄暗い竹薮のほうを好むそうで、梅が目当てはないようです。

「梅にウグイス」といわれるのは、本当のところ

ウグイスが好んで梅の木にやってくるということではなく

(よくやってくるのは、ウグイス色をした目の周りが白い綺麗なメジロです)

梅もウグイスも、どちらも春の訪れを告げる代表のようなものなので

二つ並べて、「梅にウグイス」といわれるようです。

ところで、我家の庭に来るウグイスは

まだ、幼鳥のようで、成鳥のようにうまく

「ホーホケキョ」と鳴く事ができないようです。

「ケキョ、ケキョ、キョ、キョ」

「ケキョ、ケキョ、キョ、キョ」

一生懸命、鳴くウグイスの声を聞いていると、何だか

本格的な春を前に、一生懸命、練習をしているように感じます。

被災地域の皆様には、とても春の訪れなどを感じるなどと

いう状況でないとことは、よく分かっております。

阪神淡路地震、そして今回の東北関東大地震と、大きな自然災害が

起こるたびに、つくづく自然は、我々人間にあまりにも過酷すぎる試練を与えると感じます。

家族を失い、家を失い、仕事を失い、食べるもの、着るものも、事足りない、

生きていくことすら、厳しい状況だと思いますが、悲惨な状況にあっても、

何とか希望を失わずに、生き抜いていただきたいと願っています。

そして、この苦難を乗り越えて、ウグイスの声、梅の花に本当の意味で

春の訪れを喜び、笑顔で迎える日が来ることをお祈り致します。

    

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

    

※当院では『東北関東大震災 義援金箱』を設置致しております。

  皆さまのご協力をお願い致します。

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.86 「マホメットの奇跡」

 

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「マホメットの奇跡」

     

あるとき、マホメットが町の民を集め

「何月何日に、これこれの場所で奇跡を起こす」と公言しました。

当日になり、一目マホメットの奇跡を見ようと約束の場所に

多くの人が集まって来ました。

マホメットは、広場の中心に静かに立って

町の向こうに見える山を見つめていました。

マホメットは集まった人々に向かって

「あの山を、動かしてみせよう」といって

「おおい!山よ!こちらへ来い!」と大声で叫びました。

しかし、山は全く動きません

もう一度、山に向かって叫びましたが

やはり、山は動かず元のままです。

「おおい!山よ!こちらへ来い!」

最後にもう一度山に向かって、さらに大きな声で叫びました。

しかし、山は微動だにしません。

何が起こるのか、固唾を飲んで見守っている大勢の人々は

「な~んだ」という顔で、マホメットに白けた視線を浴びせかけます。

マホメットは、集まった人々に向かって言いました。

「私は三度も山に呼びかけた、しかし山は動こうとしない

それならば、私のほうから山に向かって歩いていくしかない」

そして、山に向かってスタスタ歩いていきました。」

     

この話は、ひろさちやさんの本で読んだのですが

著者によると、自分から山に向かって歩いていくことは

山に近づき、結果的に山が自分に近づいてきたことと同じで、

誰でもできる当たり前のことですが、案外、そういった当たり前のことが

スゴい奇跡であるということが、私たちは気づかないで、見過ごしているそうです。

この話を読んで、人と人の関わりでも、同じことがあてはまると感じます

マホメットが、山に向かって働きかけ、ダメだったら

自分の方から、山に向かって歩いていったように

自分のほうから働きかけることが奇跡を起こす一歩だと・・・・

   

ちょっと、ひと休み、あったかいお茶が飲みたくなったので

何やら、通販のカタログを食い入るように見ている家内に頼みました

「ちょっと疲れたから、お茶いれてくれないかな」

「はいはい」

「熱いお茶のみたいな~」

「はい、お茶ね」

「あの~、お茶 」

「・・・」

そうか、3度、頼んでも お茶は出てこない

それなら、自分でするしかないですね・・・(笑)

さて、昨年、出版関係の知合いに勧められ

「奇跡を呼ぶ歯科医師6人」関西版という本を出させていただきました

自分で決めたタイトルではないので仕方ないですが

何だか大げさなタイトルで恥ずかしい気がします。

私は「奇跡を呼ぶ」などという、大それたことは

とてもできません。

ただ、治療に来られる患者さんのおっしゃることに

耳を傾け、どうすればその方にとって

一番良いのか考え、患者さんの立場になって

真剣に考えるベストを尽くすことが、よい結果に

なればと考えています。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

 

ひろさちやさん(昭和11年7月27日生まれ )は、日本の宗教評論家であり、

  多数の一般向けの解説書を執筆されています。

  著書例「仏教入門」・「世間も他人も気にしない」・「ポケットに仏さまを」

      「サラリーマン劇薬人生相談」「ゆったり生きよう」・「無関心のすすめ」等

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.85 「五十肩?肩こり?」

 
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「五十肩?肩こり?」
 
 
 
 
「それでは、虫歯の部分を削っていきますので、少し響きますが、

すぐ止めますので、もし、ちょっとでも痛かったり、気分が悪かったら

左手を軽く上げて下さいね」

ウィーン、ガリガリ、ガリガリ、ウィーン

ウィーン、ガリガリ、ガリガリ、ウィーン

『イタ! イタタタ! イタい!』

「すいません、ちょっと楽にしてください」

歯を削るのを止めて、診療用のチェアーから

立ち上がり、ちょっと右腕を上げようとしてみた。

『イタ!』

ズキーンと先ほどより、軽い鈍い痛みが肩から二の腕に

かけて走り、腕が、頭の高さより上に、挙らなくなってしまった。

そう、イタいのは、患者さんの歯ではなく、私の右肩です。

何か原因不明の痛みが突然襲ってきたのです。

もしや、これって、いわゆる『五十肩?』

頭の中に、少し前に、同じスタディーグループで、いつも懇意にしている

同世代の先生と交わした会話が思い浮かびました。

「いや、この前、子供とキャッチボールをしていたら急に、右肩が痛くなって

それから、だんだん腕が上げるたびに痛みがはしり、今は、電車のつり革も

持つこともできなくて、いわゆる五十肩っていうやつかな、年には勝てんな~」

    

「五十肩」の特徴を調べてみると・・・・・・

原因となる外傷や病気がない

    骨折、脱臼などの外傷を受けたこともなくリューマチなどの持病もない

50歳代に起こりやすい

    20代、30代では起こらない。40歳後半より見られ、50歳代がピークで

    60歳代でも見られる。70歳代以上で見られることはまれ。

肩から腕にかけて痛みがある

      左右どちらかに起こる。肩から首も痛む場合は、首に原因がある

腕の動きが制限される

     腕を前や横から真上に上げる、腕を外や内にひねる等の動きが制限される。

自然に治る 

     個人差はあるものの、6ヶ月~1年ぐらいで治るケースがほとんどである。

      

どうやら1~4までの特徴に当てはまってるようで、

5については様子をみないと分からないようです。

いづれにしても、これから「五十肩」と半年以上も、

つき合っていかないといけないのかと思うと、

何だか憂鬱になってきました。

幸い、以前、整形外科で処方してもらった腰痛の薬が

残っていて、それを数日飲んで安静にしていると、

肩を動かしても、腕を上げても痛みはなくなり、元に戻りました。

幸いなことに「五十肩」ではなかったようです。

結局、原因は何だったのかわかりません。

単なる「肩こり?」だと思いますが、ひょっとして、家族の思いが、肩にズッシリ

重荷のように重く、のしかかり「五十肩?」のようになったのかもしれません。

   

ところで、皆さん。

咬み合わせが悪いと、肩こりになったりすることがよくあります。

歯の咬み合わせの悪い人はもちろん、肩こりのきつい人も、

一度歯医者さんで、咬み合せのチェックを受けられることをお勧めします。

咬み合せのチェックは添田歯科でも、おこなっております

                   詳しくは ⇒ コチラ

医療法人 ソエダ歯科診療所 院長 添田義博

 

※ 五十肩は、肩関節(肩甲上腕部)の異常、痛みと運動制限で

   肩こりは,首から肩の筋肉の疲労によって起こるもので

   両者は混同されやすいが、全く別のものです。

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.84 「口汚し」

 
 
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「口汚し」
   

「ほんのお口汚しですが、皆さんで、召し上がってください」

少し前のことですが、昔からの患者さんから

お菓子の、差し入れをいただきました。

私の診療所は、女性スタッフが多いせいか

よく患者さんから、お口汚しにとスタッフに差し入れをいただくことがあります。

「口汚し」とは、食べ物などの量が少なく、口を汚す程度で、

満腹しないことで、人に料理などを勧めるとき、

へりくだっていう言葉ですが、来院されるかたは、

郊外から電車に乗って来られるかたが、ほとんどで、

星の数ほどある歯医者さんを通り越して、

電車賃を使って来ていただき、差し入れまで買っていただき、

こちらのほうが恐縮します。

さて、先ほどの口汚しといって、いただいたお菓子の箱が

テーブルの真中においてあって、ランチを終わった後、

2、3人のスタッフが「どこのお菓子かな」という風に

食べたそうに眺めていました。

私が、「折角いただいたお菓子だから、眺めてないでいただけば?」

と声をかけると「はあ~、でも私たちが一番先によばれるのは・・・」と

何だか、何かを恐れるように、なかなか手をつけようとしません

「さあ、遠慮せずにといただきなさいよ」と勧めると

ようやく「いただきます」といって食べ始めました。

彼女たちが、遠慮していた理由ですが

私の診療所には、患者さんから主(ヌシ)とか番頭さんとか呼ばれている

最古参のスタッフ(ブログNo.22 タヌキに登場)がいます。

彼女は、自分が直接、患者さんから差し入れを受け取ったときは

必ず、小脇に抱え、いそいそとスタッフルームに持って行き

真っ先に開けて、真っ先に口汚しをすることが多いのですが。

どうやら、スタッフの間では患者さんから何かいただきものをすると

古狸、いや間違った、古参の彼女より先に、口汚しをすることはタブー

というのが暗黙の了解になっているようです。

その彼女ですが、最近、お腹周りが気になり

健康と美に目覚めたのか?

毎日、診療所にある体重計に乗り

「○○kg!? おかしいな~食べてないのになんで体重

増えるやろ?今日は、もう何も口に入れない」

などといって差し入れをいただいても

お口汚しをせずに、ガマンしていることが多いようです。

私は「いつまで続くことやら」と思っていますが・・・・

さて、皆さん「口汚し」をいただき、お口を汚した後は

忘れず歯磨きで、お口をきれいにしてください。

そして、たまには歯医者さんで本格的にきれいに

してもらうことをお勧めします。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.83 「髭」

 
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「ヒゲ」

    

休日、家でアルバムの整理をしていると、

25年前の写真が出てきました。

当時、まだ、大学を卒業して2年ぐらいしか

経っておらず、ヤブ医者にもならない、

タケノコ医者だった頃だと思います。

当時、私はヒゲの印象が強かったのか

患者さんから「ヒゲの先生」と呼ばれていました。

先日、その当時からのつきあいの患者さんが、治療に来院されました。

私より、15歳ぐらい年輩の男性ですが、腎臓の病気を患われたようで、

昔にくらべると、老けこまれたような印象を受けました。

「先生、年には勝てんわ。わしは、老けこんで、歯は抜けるし

髪の毛もほとんどあれへんようになるし、身体のあちこち、

ガタガタになってきたわ。それにしても、先生は、見るたびに、

だんだん年が若くなってきて、なんか、化け物みたいやな~」と

私の顔を、繁々と見て言われました。

『化け物か』思わず私は、2、3年前見た

ブラッド・ピッド主演の「ベンジャミンバトンの数奇な人生」

という主人公が老人の姿で生まれ、年をとるにつれ若返って

いくという映画を思い浮かべました。

その患者さんは、私がヒゲをはやしていた頃をよく覚えておられ

(幸いなことに髪の毛の薄さは父に似なかったせいか)

大先生(父)

髪の毛の数も、あまり昔と変わっておらず、ほとんど

白髪もないので、現在の方が若く感じられたのだと思います。

ところで、なぜヒゲをのばしていたか?というと、

私は、小学校に入学したころは、幼稚園児にみられ、

中学校に入学したころは、小学生に、高校に入学したころは、

中学生にというように、外見でいつも年相応に見られたことがなく

大学を卒業し、働き始めたころ、ある年配の患者さんから、

治療を始める前から、「兄ちゃん、ほんとに先生か?見習いの学生さんやろ」

といわれ、タケノコ医者だからしかたがないのですが、

少し、ショックを受けたことを覚えています。

そんなことがあって、少しでも貫禄があるように見せようと、ヒゲをのばし始めたわけです

無精髭のように見苦しくならないように、ドイツ製のヒゲ調髪セットなるものを買って

余分な毛を剃ったり、カットしたり、そして2~3週間に一度、散髪屋でヒゲを本格的に

手入れしてもらったり、なかなかヒゲの手入れというものは、

手間のかかるもので、結局、風邪を引き込み、手入れができなくなり、

顔中雑草のようにヒゲがのびて、鬱陶しくなってやめてしまいました。

結婚してから、一度、ヒゲをのばしたことがあったのですが、

「汚らしい、不潔、人相が悪くなった、あなたには似合わない」などと

毎日のようにいわれ、『ヒゲをのばすのなら、近寄らないで』という目つきで

見られ、結局、のばすのをあきらめて『イスラム教の国に生まれていれば

ヒゲをのばしても、もう少し尊敬をされていたかもしれないな~』という

思いで、渋々ヒゲを剃ったことを思い出します。

ひげは、手入れをしないと無精髭となり見苦しくなります。

歯もケアをしないと虫歯や歯周病になり、ひどくなると

抜歯になり、歯抜けで見苦しく、そして噛みにくくなります

そうならないように、年に2回ぐらいは歯医者さんで

チェックを受けられることをお勧めします。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

※鬚は成年男子のシンボルとしてみられることもあり、イスラム教圏では鬚を
生やしていない男性は一人前と見なされず、髭のない成人男性は同性愛
者と異教徒だけとも言われる。(ただしイスラム圏でも世俗的な国家で
はこの限りではない。髭の無い代表的なムスリムの著名人にムバラク大
統領やマハティール首相などがいる。)。

Wikipedia のヒゲより

 
 
 
 
 

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.82 「水仙」 

 

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 「水仙 Narcissus」  

    

 毎年2月の終わりになると、庭に白い美しい水仙がたくさん咲きます。

妻の話では水仙を植えた覚えはなく、以前住んでいた人が植えた球根が残っていて

自然に芽が出て咲き始め、数が増えたようです。

美しい水仙ですが実は有毒植物で、特に茎の部分に

有毒成分(リコリンとシュウ酸カルシウム)が

多く含まれているそうです。

致死量は10gで、食中毒症状および接触性

皮膚炎症状を起こします。

葉がニラとよく似ている為に時々誤って食べ、食中毒症状を引き起こす

という事件も報告されています

㊟ どんなに、ろくでもなくて粗大ゴミとして出してしまいたいような

  ダンナや恋人でも、絶対にレバニラ炒めなどに、水仙の葉を混ぜないで下さい。

  そんな事をすると、警察のお世話になる事になりますから。

 冗談はさておき、水仙の学名「Narcissus(ナーシサス)」は

ギリシャ神話に登場する青年、ナルキッソスの物語に由来しています。

ナルキッソスの姿を見ると、どんな娘も心が奪われてしまうぐらいの

超イケメンで美しい青年だったそうです。

そんなわけで、森の中で一番美しいニンフ(妖精)のエコー(日本語でこだまですね)も

ナルキッソスを見て、たなるきちまち彼の虜になってしまいました。

一方のナルキッソスは、どんな美しい女性が現れても全く無関心でした。

エコーがしつこく彼を追いかけても、自分に振り向かせる事はできませんでした。

振り向いてくれないナルキッソスの事ばかりに夢中になり、

主人の女神ヘラがエコーに話しかけても彼の事ばかりしゃべり、

ろくに返事をしなかった為、ヘラの怒りをかってしまいました。

「余計な事ばかりベラベラ喋るんじゃない!おまえは人に言われた事だけを

返事すればいい!!これからは余計なお喋りができないよう、相手の言葉尻しか

言えないようにしてやる」

それからというもの、エコーは自由に言葉を喋れなくなってしまいました。

ある日エコーは、林の中を歩いてくるナルキッソスを見つけ木の陰に隠れていると

エコーとナルキッソス

ナルキッソス:「誰かそこにいます?」

エコー:    「います!」

ナルキッソス:「誰だい?出ておいで」

エコー:    「おいで!」

と言いながら木の陰から走り出ました。

ナルキッソス:「なあんだ、お前か。

         お前なんかとつき合う位なら死んだ方がましだ」

エコー:    「死んだ方がましだ」

エコーは、そう言って洞穴に身を隠しショックと悲しみのあまりやせ細り、

とうとう声だけになってしまいました。

こんな調子でナルキッソスは、優しい言葉をかけたり相手の気持ちを

考えたりする事などまったくしませんでした。

また人を愛する事などもなく、ただ相手の気持ちをメチャメチャにするばかりでした。

そういう事が続き彼の行いはついに、復讐の女神ネメシスの怒りに触れました。

女神は「人を愛する事のできないものは、自分だけを愛していればよい!」

そう言って、ナルキッソスに呪いをかけました。

ナルキッソス

水を飲もうとして泉の畔にかがみこんだ

ナルキッソスは、水面に写った自分の姿を見て、

その虜になり自分自身を愛してしまい、

その場から離れられなくなりました。

「ああ!愛する事がこれ程までに苦しい事

なのかが、初めてわかった。

こんなにも胸の中が燃える様なのに、水の中の美しい人は

つかまえる事ができない。でもあきらめて、この場から立ち去る事など

できない。死だけがこの苦しみから解放してくれるのだろう」

そう言ってナルキッソスは、そこに倒れて動けなくなり、

とうとう死んでしまいました。

心優しいニンフ達は、彼を手厚く葬ってあげようと

泉の畔に集まりましたが、ナルキッソスが倒れた

泉の畔には、その亡骸は無く、代わりに見たこと

のない美しい花が咲いていました。

そしてこの花をナルキッソスと名付けたそうです。

   

ドレッサーの前で、かなり長い時間、

妻が自分の顔をうっとりたした感じで見つめています。

: 「う~ん、前髪をたらした方がカワイイかな?

   それとも上げた方がいいかな?どう?」

: 「どっちでもいいじゃん」

   (早くしないと、電車に乗り遅れてしまうのに。。。)

妻の視線が一瞬、鋭く私を突き刺した。

目は逆三角形になり顔が般若の様に…(「ブログVol.33「般若」を読むべし)

:「どっちでもいい?」

:「いやいや。どっちもいい、似合うよっ!て言ったんです」

:「そう。う~ん、どうしようかな~」

そう言って再び鏡に写る自分を見つめ、うっとりしている様です。

私はそんな妻の姿を見て、『そんな鏡にへばりついていると、水仙になってしまうぞ』と

思ってしまうのでありました。

自分に惚れるとかいて、自惚(うぬぼ)れと言います。

自惚れの強い自己陶酔者をナルシストと言いますが、自分の知識や技術に自己満足し

ナルシストにならない様に、スタッフ共々患者さんの為に日々ガンバっていきたいと考えます。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

 

※画像:カラヴァッジョ《ナルキッソス》 (ローマ・バルベリーニ美術館所蔵)

※画像:ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《エコーとナルキッソス》ウォーカー美術館所蔵(リヴァプール、イギリス)

※画像:ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《ナルキッソス》個人蔵

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.81 「幸」

 

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「幸」

  

「幸せ」という言葉を、一日一回は、耳にされるか、目にされると思います。

最も、頻繁に使われる言葉ではないでしょうか?

しかし「あなたは、幸せですか?」と聞かれると、幸せとは、

なんだろうか?と考えさせられることがあります。

毎日、ごはんが食べられること?よい仕事が見つかること?

仕事がうまくいくこと?良いパートナーを見つけ結婚すること?

結婚して、子供に恵まれていること?

結婚しても、お互い干渉せず好きなことをし、ストレスをためないこと?

今で言うタダとも夫婦になりますか。

いや、結婚せずに、気楽にいること?子供が、良い学校に入学すること?

ダイエットがうまくいきスリムな体になること?

などなど、程度の差はあるでしょうが、最大公約数的にまとめれば

「物質的に満たされていること+精神的に満たされていること」になりましょうか?

しかし、人、一人ひとり、年齢、価値観、生活環境も違うので、

幸せの、在り方も 千差万別ではないでしょうか?

「幸」という字を、辞書で調べてみると、いろいろな意味が

含まれているようですが、おもしろいなと思ったものを紹介します。

この漢字はもともと、人が足枷(あしかせ)をはめている姿を

表わす、象形文字で、足枷をはめられるだけで、首を切られなくてよかったという

意味から、しあわせを表わすようになったそうです。

上下の二つを組み合わせると、若死にすることの逆、すなわち、長生きをするという

意味があるそうです。

この「幸」という漢字ができあがった時代は、知りませんが、はるか昔だと思いますが、

その当時から、長生きするというのが、万人の願いであったのではないかと考えられます。

昔は、医療も発達しておらず、長生きするには、まず健康であることが

必須条件だったと考えられます。

今の時代は、医療が発達し、食糧事情も昔から考えると、はるかに良くなっており、

日本人の平均寿命も人生五十年といわれた、戦前から飛躍的に伸びています。

しかしながら、健康でなくても、昔と比べ、はるかに長生きすることは

可能になってきています。

ですから、「長生きすることが、必ずしも『幸せ』を表わすか?」というと疑問が残ります。

認知症になったり、病気で寝たきりになった配偶者の介護に疲れ、妻あるいは夫を殺して、

本人も自殺するという痛ましい事件も、最近では珍しいことではありません。

こういった事情を考えると、一般的には、心身ともに健康で長生きすることが、

「幸せ」につながるといっても過言ではないと考えます。

江戸時代の貝原益軒は「養生訓」のなかで様々な、

養生法の中で、歯の養生法が、全身的な健康に

貝原益軒

非常に重要であると述べています。

実際、益軒は83歳で死ぬまぎわまで、1本の

虫歯もなく、また歯周病などで、歯を失うことなく、

自分の歯で食事をしていたそうです。

そう!皆さん歯の健康は、「幸」につながるのです。

歯の具合が、悪い人はもちろん、歯の調子がいい人も、

半年に一度は、定期検診と口腔内のお掃除をしに、歯医者さんへ行くことをおススメします。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.80 「バレンタインデーチョコ」

 

———————————————————–院長ブログ

「バレンタインデー チョコ」

  

2月14日は、日本で一番チョコレートが売れる日ではないでしょうか。

バレンタインデーが近づくと、多くの女性が恋人・家族・友達・会社の

上司や同僚などに、プレゼントするチョコレートを求めて、デパ地下の

お菓子売り場は女性で溢れ、男性は入りづらい雰囲気になります。

一説によるとバレンタインデーの歴史は、ローマ時代にさかのぼる

とも云われます。

当時ローマ帝国では2月14日は、神の女王であり 家庭と結婚の神

でもあるユノの祝日だったそうで、その翌日(2月15日)からは豊年を祈願する

ルぺルカーリア祭が開催されていました。

祭の前日(2月14日)に若い娘達は、自分の名前を書いた札を桶に入れておき、

翌日の祭の日(2月15日)に男達が桶に入った札をひき、

札をひいた男と札の名前の娘は、祭の間パートナーとして一緒に生活する事と

定められていました。多くの男女達は、そのまま恋に落ちて結婚したそうです。

当時のローマ帝国の皇帝 クラウディウス2世は、故郷に愛する人を残した兵士は

士気が下がるという理由で、ローマの兵士の婚姻を禁止したと云われています。

キリスト教の司祭だったバレンタインは、帝国の法を無視して兵士達を

秘密に結婚させましたが、やがてその事が発覚し、捕えられ処刑されました。

処刑の日はルぺルカーリア祭が始まる前日で、ユノの祝日の2月14日が

選ばれたと云われています。

キリスト教徒にとって殉教したバレンタイン司教を祀り、

この日を祭日とし、恋人達の日となったそうです。

この恋人達の日のバレンタインデーに、どうしてチョコレートが

送られるようになったのでしょうか?

もともとキリスト教圏のヨーロッパでは、バレンタインデーには男も女も

恋人や親しい人に、花やケーキ、カードなどを贈る風習があったそうです。

19世紀後半イギリスのキャドバリー社というお菓子メーカーが、

美しい絵のついたプレゼント用のチョコレートボックスを発売し

それに前後して同社は、ハート型をしたバレンタイン キャンディーボックスも発売しました。

これがきっかけで、バレンタインデーに恋人にチョコレートボックス等を

プレゼントすることが流行しだし、世界中のいろいろな地域に広まっていったそうです。

日本では、戦後 製菓業界や流通業界などが販売促進の為の

普及が試みられ、日本社会で定着したのは1970年代後半です。

女性が男性に親愛の情を込めて、チョコレートをプレゼントすると

いうスタイルは日本独自のものだそうです。

私事ですが毎年バレンタインデーが近づくと、ほろ苦い記憶が

よみがえってきます。

あれは、たしか小学校1年生の時でした。

その当時「バレンタインデー」と言っても、今ほど女性がデパ地下のお菓子売り場に

殺到する程の認知度はなかったような気がします。

図前

いずれにしても、その年 同じクラスの横の席の女の子から

バレンタインデーに、初めてチョコレートをもらいました。

綺麗な銀色の箱に入ったハート型のチョコには

『いつまでもなかよくしてね ♡みゆき』というメッセージが

デコレートされていました。(図前)

母:「へ~、あんたみたいな子が、女の子からチョコレートの

  プレゼントなんて、ちょっと見せてみ」

私:「触らんといて」

母:「みゆきちゃんか、どんな子やの?

   これから貰えるかどうかわからんし、また来年も貰える様に

その子と仲良くさせてもらい」

初めてもらった記念すべきチョコレートに、とても良い気分で、毎日箱を開けてハート型の

チョコレートを眺めては箱に戻し、食べずに部屋に飾っておいた事を思い出します。

それから数日して近所の悪ガキが遊びに来て、部屋の中でしばらく遊んだ後、

一緒に外に遊びに出ました。家に戻ると、誰かが箱を開けた形跡がありました。

嫌な予感がして箱を開けると、チョコレートのハート型の周りが

図後

かじりとられ、名前の文字も「ゆ」がはがれて、

「みゆき」が「みき」になっていて、リンゴの芯のように

なった無残なチョコレートが残っていました。(図後)

近所の悪ガキが、私が母に呼ばれて部屋を空けたすきに、

私の目を盗んでチョコをかじったようです。

結局リンゴの芯のようになったチョコレートを涙ながらに食べ、

なんだか甘酸っぱかったような気がした事が、今でも印象に残っています。

あまりにしょげかえっている私に、母は。。。

母:「同じチョコみつけてきたろか?」

私:「そんなん、いらんわ!」

母:「あんた歯医者の息子やから、神さんがチョコレート食べるのを我慢させる為に

   こういうことになってんわ」

私:「お母ちゃん『あんたは川から流れてきた子や』って言うてるやん。

   歯医者の子供とちゃうのに、なんでや」

母:「あっ、いやいや。まあ来年も貰えるかもしれんから元気だし」

それからしばらくして、みゆきちゃんはクラス替えで他のクラスになってしまい

彼女から、もうチョコレートを貰う事はありませんでした。

バレンタインデーには、たくさんの方がプレゼントにもらったチョコレートを

味わわれると思いますが、チョコレートを食べた後は

お口のお掃除を忘れずに!

最近では、キシリトール配合で砂糖が入っていない

虫歯にならないチョコレートが、販売されています。

ドクターキシリ チョコレート

彼氏の虫歯予防にいかがでしょうか。

 バレンタイン特別企画 

2月14日~19日までの間に、ブログを読んで

当院に来院して頂いた先着30名様に

「歯ブラシ+虫歯にならないチョコレート」を

プレゼント致します。

「ブログを読んだ!」とウサギ編集長(受付)に申し出て下さい。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.79 「地獄?極楽?」

 

————————————————————–院長ブログ

「地獄?極楽?」

   

江戸時代の高層、白隠禅師のもとに一人の武士が、教えを請いにきました。

白隠禅師

武士 「禅師よ、地獄、極楽はあるのでしょうか?」

白隠 「お前は、武士じゃろ、武士なら武士らしくしたらよいのに・・・

    地獄や極楽やと、そんなことで迷っているようでは、本当の武士

    ではあるまい、ニセモノの武士じゃ。ニセモノ、へなちょこ武士・・」

こういった調子で、白隠禅師は、武士が教えを請うため、質問する

たびに、罵倒しました。

さんざん罵倒され、ニセモノ武士呼ばわりされ、我慢していた武士も、

堪忍袋の緒が切れ、刀を抜いて、禅師を切ろうと追いまわします。

武士 「まて~、おのれ、いくら名僧といわれる禅師とて、許すわけには

    まいらぬ、人が礼をつくし、教えを請いに来ているのに、ニセ武士

    扱いし、バカ者呼ばわりしおって、成敗してくれるから、まて~」

白隠は、武士が切りつける刃をヒョイとかわし、武士にむかって言いました。

「そら、そこが地獄というものじゃ!」

禅師の言葉を聞き、我に返った武士は、

「お見それいたしました。ご無礼の段、平にお赦しを・・・」

そういって、その場にひれ伏して謝った。それを見て、すかさず禅師は

「そこが、極楽じゃ!」 そう言って、破顔大笑されました。

この話は、『地獄も、極楽も我々の心のありかたにより生まれるものだ』ということを

白隠禅師が、教えた逸話だそうです。

   

ふと、後ろをみると、いつの間にか妻が・・・・。

「地獄?極楽?また、また、飽きもせず、つまらないブログ書きしてるの?

バカみたい。誰も読まないものを書いても、時間と労力のムダよ。それより・・・

ビビちゃん

ビビチャンがウンコしたんだけど・・・」

『人が一生懸命、考えてブログを書いているのに、

いつもバカにして、犬のウンコぐらいで、邪魔しにきて、

我が妻とて許せぬ・…』

一瞬、ムかっとして、そういう思いが心に・・・

そうそう、これが地獄なんですね。

私のような、凡人は、人から嫌なことを言われたり、バカにされたりすると

つい、ムカっとして  相手にやりかえそうと思ってしまいますね、反省。。。

凡人なりに、妻から手厳しいことをいわれても、心を鍛えてくれるお言葉だと

考え、サラサラと流せるようにしたいものです。

最後に、ソエダ歯科では、私をはじめスタッフ一同

穏やかに、謙虚に、患者さんに喜んでいただけるような治療を

常日頃から、心がけたいと思います。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博