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Archive for 9月, 2010

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.54 「風を感じて」

  

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「風を感じて」

大学5年生のときに、知りあいの影響でウィンドサーフィンを始めました。

最初は、弱い風でもボードに立つこともできず

ヒックリ返ってバチャンと海に落ちては、

ボードに這い上がり、また立ったと思ったら

海に落ちるという繰り返しでした。

風を感じて、そして巧みに風をとらえ、ボードの後ろに

女の子を乗せ颯爽と海面をすべっていく知人を、海水で

カラカラになった口に指をくわえて、恨めしげに見ていたことを思い出します。

夏休み週に3、4回 大阪、神戸の近場の海に繰り出し

風に弄ばれながら、なんとか、弱い風なら乗りこなせるようになりました。

   

9月の初め、風が強いある日曜日

大学の同級生のS(彼のウィンドサーフィンの腕は私とどっこいどっこいで、

強い風には、木の葉のように弄ばれてしまうレベルです)と風を求め、

セールとボードを車の上につんで、甲子園浜へ繰り出しました。

いつもの甲子園浜は、海が淀んでコーヒー色ですが、この日の海は、オフショアーに強く

吹く風の影響で汚いものが沖に流され、美しいコバルトブルーです。

「見ろ!、沖縄の海みたいや、風も吹いてる、吹いてる、いい風が」

Sが海を見て叫びました。

天気予報では、小型ながら台風が紀伊半島沖を通過し、風が強くなり暴風注意報

そして警報がでるかもしれないと言うこともあり、いつもなら場所を見つけるのに苦労するのに

その日は数人のウィンドサーファーだけで、浜は、珍しく閑散としていました。

いつもと全く違う、美しい海に罠があるとも知らず、自分たちの腕も省みず、

無謀にも私とSは早速、ボードをセッティングしコバルトブルーの海へ。

最初は、私やSでも楽しめる風が吹いていたのですが、そのうち、風はだんだん

強くなってきて、セールをおこすと強風で海に投げ出され、立っているだけでも沖へ

流されていきました。

そのうち立つこともできなくなり、ボードにしがみついているのがやっとの状態になりました。

海でボードを滑らせていた数人のウィンドサーファーたちは

上級者ばかりで、強風の中、かっこよく自力で浜に返っていきました。

私とSはというと水溜まりに落ちた蝶、いや蛾のように、もがきながら

ボードに上がっては風の力で海に振り落とされるということを繰り返す

ばかりで、さらに、沖へ沖へと流されていくばかりです。

いつの間にか太陽も西に傾きまわりを見渡すと、どういうわけかSの姿も見えなくなり

誰もいなくなった黄昏色の海には、ボードにしがみついた

私独りだけでした。どれぐらい長い時間経ったでしょうか

自分で帰る術もなく、助けもなく、なす術もなく

ただ、流されるままになっている間に

太陽が西の海に姿を消しはじめ、東の空から

夜の帳が迫ってきました。

その時、風のいたずらか?誰かが呼んでいるように感じました。

 「お~い、お~い、大丈夫か?」

 『幻聴か?』

 「お~い、お~い、生きてるか?」

 『誰か、助けに来てくれた?』

 「お~い、お~い、ソー、エー、ダー」

確かに、誰かが私の名前を呼ぶのが聞こえました。

声の聞こえたほうを、振り返ると

なんと、私と同じように風と波に弄ばれながら、ボードにしがみついた

Sの姿がそこに・・・

私 「お、おまえ、俺を助けにきてくれた? な、わけないよな」

S 「おれも、おまえも風まかせ、どこにいくかわからんやろ」

私 「日も暮れて来たし、腹もへったし、寒なってきたしおれたち、どうなるんやろう?」

S 「ずっと沖のほうに防波堤があるらしいけど、運良くそこに流れ着い

  てひっかかったら、そこで助けを待つしかないな、でも、そこから沖のほうへ

  流されたら、瀬戸内海か、大阪湾か、どうなるかわからん」

私 「ひょっとした捜索願かなんか出て、明日の新聞に

   載るのと違うか」

S 「こんなとこで死にたない、神風でも吹いて浜に

  戻してくれへんかな・・」

二人で、暫し言葉を交わしたのも束の間

風と波のいたずらか、どういうわけか、お互い違う方向へと

S 「お~い、がんばれよ~、運が良かったら、防波堤で会おう」

私 「おまえも、達者でな~」

Sは暗くなった海に流されていき、私の視界から遠ざかり、

やがて消えていきました。

そして再び暗い海には、風を感じてボードにしがみつく

私独りだけになってしまいました。

暗い海でどれぐらいだったのでしょうか? 

突然、私の周りの海が、明るくなった

大きなクルーザーが、サーチライトでこちらを照らしながら近づいて来ました。

「大丈夫か? こんな日に風の強い日に、海に出て無茶やな~

僕の船に釣り上げられて良かったで、もし海上保安庁の巡視艇にでも

助けられたら、べらぼうに高い罰金を取られ、2、3時間みっちりお説教をされるとこやで」

初老の船長らしき人が、船のクルー指示し

私とボードを拾い上げてくれました

私は、船長にSがまだこのあたりの海を漂っていることを話すると

船長は、ものの5分もしないうちにSを見つけ

ほどなく、Sもクルーザーに助け上げてくれました。

そのクルーザーは当時、建設計画が進んでいた関西空港測量の帰りで、

西宮港に帰港する途中、たまたま風に流され漂流している私を見つけたようでした。

クルーザーの船長は空腹と疲労で、ボロぞうきんのようになった私とSに

暖かい、スープを振る舞ってくれました

そのとき、一杯のスープのおいしかったことは、今でも覚えています。

船長は、私たちを甲子園浜の近くに下ろし

「兄ちゃんたち、こんな丸太みたいなもんにビニールシートをつけた

ヨットのおもちゃみたいなもんに乗ってたら、危ないよ、仕舞いに

命を落とすよ、乗るんだったらもっと大きな船に乗りなさいや」

そう言って、帰っていきました。

その事件以来、私もSもウィンドサーフィンはやめました

診療所から窓の外を見ると晴れているものの、台風の接近の影響か

風が強く幟(のぼり)が強くはためいています。

そう、こんな日は、風を感じて、六時間以上漂った甲子園浜のことを思い出します

あのとき、測量船に拾われていなければ

歯科医として働くことはできなかったかもしれません

そう思うと、拾われた命、風の日も、雨の日も、一生懸命生きていこうと思います。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

 

                        

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.53 「袖触れ合うも・・・・・」

 

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「袖触れ合うも・・・・・」

            

「袖触れ合うもタショウの縁」という言葉があります。

お恥ずかしことですが、学生時代は「タショウ」を「多少」と勘違いしていました。

実際は、「タショウ」は「他生(多生)」が正解です。

「他生」とは、前世あるいは来世の意味だそうです。

このことわざは、前世を表わしていて

『袖が触れ合うような些細な事でも、前世からの深い因縁で起こる』

という事を意味しています。

おそらく仏教の教えからでた ことわざではないかと思います。

少し堅い話になりますが、このことわざを聞くと仏教で言われる

「三世両重の因果」という言葉が思い浮かびます。

過去・現在・未来は一つの鎖のように繋がっていて

過去の行いは現在に影響を及ぼし、結果として現れ

現在の行いは未来に影響を及ぼし、結果として現れる。

まさしく因果応報。

悪い行いは悪い結果に、善い行いは善い結果として自分に帰ってくる…

  

「飽きもせず、またブログ。あなたも相当暇人ね~。

明日ごみの回収の日だから、溜まっているダンポール

の空き箱を潰してひもで括ってくれないかな~」

こうして茶々入れし、何か雑用を言いつけにくる妻とも、

前世で深い(不快?)縁があったのだろうか…と思わず妻の顔を見てしまうのでありました。

数多くある歯科医院の中から、当医院を選んで来院して頂いている患者様とも

何となく袖を触れ合うよりも、もっと深い縁を感じます。

そして その縁が良いものになるよう、スタッフとガンバッテいきたいと思います。

医療法人 ソエダ歯科診療所 院長 添田義博

  

※厳密には他生より「多生」が正しい。

 仏教の輪廻転生(何度も生まれ変わる意味)の考えから現世以外の多くの生を意味する。

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.52 「酢橘」

 

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「酢橘」

私の家の裏庭には、一本の酢橘の木が生えています。

木は、私の背よりも少し高く、毎年、夏が終わり、秋刀魚が

恋しい季節になると酢橘の実が、たわわに実ります。

さて、先日の日曜日に、居間で本を読みながら

寛いでいると妻が、「そろそろ、秋刀魚が美味しい

季節ね、庭の酢橘も、採れごろなんだけどな~」と、

いつもより優しく声をかけてきました。

「御意、奥方様の仰せの通り」と俄か農夫になって、帽子に軍手、収穫用の袋を

腰にぶら下げ裏庭へ行き、雑草をかき分け、酢橘の木へ。

酢橘の木には、秋の味覚をより際立たせてくれる、緑の果実が

早く採ってくれといわんばかりに、たくさんなっていました。

一つ、また一つと、もいでいきます。

「痛っ!」

時折、指先にチクッと、鋭い痛みが走ります。

酢橘の木の枝には、鋭い棘があって、実を捥ぎ取るとき軍手をしていても、

刺さることがあります。

10分もすると汗ばんできて、今度は、汗のにおいをかぎつけたのか、藪蚊が飛んできて、

あっちこっち刺され、30~40分、酢橘の棘や藪蚊の襲撃に耐えながら

バケツ、3杯分の酢橘の実が採れました。

収穫した酢橘の実は、陰干しし、両親や、家内の両親に

分けたり近所の知り合いに分けたりします。

脂の乗った秋刀魚の塩焼きに、大根おろしに

採れたての酢橘を搾り 醤油をかけていただきます!

う~ん、最高!

味覚の秋、美味しいものをいっぱい食べた後は、

お口のお掃除も忘れずに!

   

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.51 「おかげさま」

 
 
 
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「おかげさま」
 

おかげさまで、両親も元気にしています。

おかげさまで、娘も大学生になりました。

などと、日常の様々な場面で「おかげさま」という言葉が使われます。

「おかげさま」は、「お陰様(御陰様)」と書き著すこともできます。

「お」と「様」はお客様の「お」と「様」と同じで敬語です。

では「陰」とは?

古くから、「陰」は偉大なものの陰で、その庇護を受ける意味で使われ、

このことは「御蔭」が「神霊」や「死んだ人の姿や肖像」を意味することに通じているそうです。

「草葉の陰から」という言葉がありますが、これはお墓の下、あの世を意味します。

これも先ほどの、「陰」=「死んだ人の姿や肖像」から由来した言葉だと考えられます。

彼岸の日は本来墓参りをし、ご先祖さまの墓の周り生えた雑草をむしりとり、

供養しなければいけない日なのに子孫が、彼岸の日に先祖の

墓参りもせず、墓が雑草だらけで荒れた状態であることを非難

する意味で、江戸時代に「先祖が草葉の陰で泣いてる」という

ように使われようです。

「おかげさま」という言葉を聞くたびに、昔、叔父から教えてもらった

『わしが、わしがの我を捨てて、おかげ、おかげの「げ」で暮らせ』と

いう人生の教訓を思い出します。

「おかげさま」で、父の代から50年、大阪、難波で歯科医師として

仕事をさせていただいています。

感謝!

これも、ひとえに患者様のおかげであります。

また、スタッフのおかげであります。

そして、家族のおかげであります。

感謝、感謝。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田 義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.50 「マンネリ」

 

———————————————————————院長ブログ

「マンネリ」

  

う~ん、どうも、ブログのネタが湧かない

何か、書きはじめても

同じような内容、同じようなオチで

ワンパターンのような気がして、書くのをやめてしまいます。

いわゆる、マンネリというやつでしょうか?

マンネリとは、英語で正式にはマンネリズム(mannerism)で

文学、芸術、演技などの表現が、型にはまっていることをいいます

「飽きて面白味のない」、「新鮮味がなく、やる前から結果がみえている」

「時代遅れ」「単調で魅力にかける」などの否定的な意味合いで使われます

「う~ん、やっぱりマンネリかな、もう少し軽いノリのほうがいいかな~

いいアイデアが浮かばないな・・・・」

ひとり言をつぶやいた時、後ろから妻の声が飛んできた。

「そうよ、マンネリじゃない、そんな硬い、面白くないブログなんか

やめて気分転換にお皿洗いとかしたらいいアイデアがでるかもよ」

『う~ん、マンネリを打開するには、妻の厳しい批評にさらされることが必要なのかも』

と思ってしまうのでありました。

   

歯科医師になって27年になります。

まだまだ未熟で、理想的な治療のゴールは遠いと感じます。

自分の治療技術が、型にはまって新鮮味にかけマンネリにならないよう

患者さんに喜んでいただける、新しい技術を取り入れ、理想的な治療の

ゴールを目指し、スタッフと一緒にガンバッテいきたいと思います。

 

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.49 「億劫」

 

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「億劫」

   

9月も、三分の一が過ぎ、朝晩はすこし過ごしやすくなったとはいえ

日が昇ると、気温があがり猛暑となり、外に出るのが、オックウになります。

日曜日、東洋医学の勉強会があるのですが、こう暑いと、家でエアコンの効いた

部屋にへばり付いて、本でも読んでいたい気持ちが強く

駅まで歩いて、電車に乗って、研修会場まで1時間かけていくのが、たまらく

オックウになってきます。

ところで、オックウという言葉は、もともと古代インドのサンスクリット語に由来しますが

漢字で億劫と書きます。

字のとおり、劫が億、集まって億劫になるわけですが、劫(クウ、コウともよまれる)は

極めて長い時間の単位を表わすそうです。

どんな時間の長さかというと、「大智度論」という仏典によれば

一辺40里(約20㎞)の立方体の岩山に3年(100年という説もあります)に

一度天女が舞い降り、羽衣で岩山をなで

「羽衣天女」 本多錦吉郎作

その岩山が擦り減って完全に無くなる時間を

いうそうです。

(因みにヒンズー教でも劫という時間の単位があり

1劫が43億2000万年とされています。)

一つの劫がこのように気の遠くなるような

長さの時間ですから、

さらに一億倍の長さの億劫となれば

想像を越えた、天文学的な数字の長さになります。

こういった意味から、億劫は

「あまりに長い時間がかかり、やきりれない、面倒くさい」という意味で

使われるようになったようです。

何となく、歯の調子がよくないけど、歯医者さんにいくのが億劫なかた!

億劫がらずに、早めに歯医者さんへ!

医療法人 ソエダ歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 月刊誌 「大人組」 に掲載されました。

編集・制作/(株)プラネットジアース

 

   

知的な大人のための関西発の情報誌、 

旅・食・モノなど大人の贅沢な時間、スタイル、 

こだわりを追及する雑誌 『大人組』 

      

2010年10月号(9月10日発売)で、 

「美白や若返りに注目のアンチエイジング」の 

特集で、ソエダ歯科が掲載されています。 

    

     

下記の画像をクリックすると大きくなります。

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.48 「菊の節句」

 

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「菊の節句」

  

桃の節句、端午の節句は知っていても

菊の節句といっても、ご存知ないかたも多いと思います。

9月9日は、重陽、菊の節句といい、一年の五節句のひとつです。

節句は、伝統的な年中行事をおこなう季節の節目の日といわれ

江戸時代には、祝日とされていたそうです。

因みに 

1月7日 人日 じんじつ 七草

3月3日 上巳 じょうし、じょうみ 桃の節句 雛祭り

5月5日 端午 たんご  菖蒲の節句

7月7日 七夕 たなばた、しちせき 竹・笹  星祭

9月9日 重陽 ちょうよう 菊の節句

以上が五節句と云われています。

五節句のうち、重陽以外は現在でも、日本全国で様々な行事が行われていますが、

重陽、菊の節句は、明治時代までは庶民の間でも、さまざまな行事が

行われていたそうですが、こよみが旧暦から新暦に移り

新暦の9月9日の頃は、菊の花が盛りむかえるシーズンでは

なくなってしまったこともあり、現在では、ほとんど知られることもなくなり、

行事なども行われなくなったようです。

ところで菊は、古来から中国で不老長寿の薬という信仰があり、鑑賞用と

いうより薬用として栽培されていて、日本にも、薬用として伝わりました。

平安時代には、重陽の節句には、天皇以下が紫宸殿に集まり

詩を詠んだり、菊花酒(強壮剤として効果があると云われています)を

飲んだりして、けがれを祓い長寿を願う宮中行事があったそうです

菊の薬効成分は、アデニン、アピゲニンで、強力な解毒作用があり

魚毒の中毒の毒消しとしてお造りなどに添えられているのは、

ご存知の方も多いと思います。

また、菊の葉を搾った汁は、抗炎症作用があり、傷やデキモノ、

虫刺されなどで腫れて痛むとき効果があるといわれます。

そして、歯痛の鎮静にも効果があり、現在のような、西洋医学が日本に

入って来る以前は、よく使用されていたようです。

    

重陽の節句の日 

食卓にのった、夕餉の刺身の抓として添えられた菊を見て

こんな小さな花にも、先人たちの健やかに生きていくための

智慧が込められていることを感じ、いつもは、口にしない菊の花を

刺身といっしょに味わってみました。

歯が痛いかた、歯茎が腫れたかた、菊も効くかもしれませんが

まずは、急いで歯医者さんへ!

医療法人 ソエダ歯科診療所 院長 添田義博

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.47 「彼岸」

 

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「彼岸」

  

今年の夏は、記録的な猛暑が続き、日本全国で最高気温が

35度以上の猛暑日が、134か所も観測され、群馬県、埼玉県、

東京都の一部の地域などでは38度をこえる最高気温が

記録されています。

この猛暑のおかげで、高齢者の方を中心に多くの人が熱中症で

亡くなられています。痛ましいことです。

9月になっても、厳しい暑さがつづいています。

「暑さ寒さも彼岸まで」といわれますが、彼岸の訪れが、待ち遠しいものです

 

ところで、彼岸とは、仏教の言葉で、煩悩を脱した悟りの境地のことだそうです。

因みに、我々が生きる、煩悩や迷いに満ち溢れたこの世は、「此岸」(しがん)というそうです。

春分、秋分を中日とし前後それぞれ3日をあわせた7日間を「彼岸会」といいいます。

中日には、先祖に感謝し、残りの中日前後の6日は、彼岸(悟り)にいたるための

六つの徳目(六般波羅蜜)を一日一つずつ修めることとされています。

この期間に行われる仏事のことも「彼岸会」といい、お彼岸に、お墓参りをしたり、

先祖の法用をおこなったりするのは、こういった理由だと思われます。

さて、お彼岸のお供え物として

春は、「ぼたもち」、秋は、「おはぎ」が

よく知られています。

これは、春の彼岸の頃には、

牡丹(ぼたん)の花、秋の彼岸の頃には、

萩の花が美しく咲くこと、そして、おはぎや

ぼたもちの小豆の赤が、災難から身を守り、邪気を払うという信仰と、

彼岸会の先祖に対する法用が、結びついたものと考えられます。

お彼岸の日、ご先祖さまの供養も大事なことですが、

おはぎなどのお供え物のおすそ分けを食べた後は、

自分の歯のケアーも忘れずに。

医療法人 ソエダ歯科診療所 院長 添田義博

 

六般波羅蜜:「ダンナてナンダ?」参照

PostHeaderIcon 院長ブログ Vol.46 「バカ、馬鹿、莫迦」

 

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「バカ、馬鹿、莫迦」

     

「院長、スケーリング(歯石除去)の器械がバカになって使えなくなって、

 修理が必要みたいです」

「修理代もバカにならんやろな」

「一応、業者さんに修理の見積もり出してもらったんですが、7・8万円はするそうです」

「え~そんなするの、修理だけやのにバカに高いな。バカらし、それやったら新しいの買うのと

 あまりかわれへんな」

    

『器械がバカになる』、『バカにならん』、『バカに高い』、『バカらしい』

『バカ』という言葉は、日常生活で最もよく使われる、ネガティヴな

言葉(たまにポジティブな意味で使われる事もありますが)の1つ

ではないかと思います。

『バカ』の意味を調べてみると

1.知能が劣り愚かなことをいう

  人や人の格好、行為などをののしっていうときに用いる(「バカ野郎」など)

2.世間の常識にひどく欠けている事、また そういった人を指していう(「親バカ」など)

3.つまらない事、無益な事、また そういった行為を指して言う(「バカなまねをする」など)

4.度が過ぎる事、程度が並はずれている事などを指していう(「バカ正直」など)

5.用をなさない事、機能が失われる事などを指していう「ネジがバカになる」など

だいたい、以上のような意味があるようです。

また『バカ』の語源は、様々な説があるようです。

①    バカは「莫迦」という漢字で表わすことができます。

   この莫迦はサンスクリット語で「無知・迷妄」を意味する「baka」

        「moka」が中国に伝わって、音写され「莫迦」になった。 

②    古代中国 秦の時代に若い皇帝を操り、強力な権力を握っていたと

    云われる宦官 趙高が皇帝に「これは馬でございます」と

   言って鹿を献上したところ皇帝は驚き

   「これは鹿でござろう?」と周りの群臣達に尋ねたところ

   群臣達は、趙高の権勢を恐れ皇帝に、鹿を馬と言った。

   この史記にある故事に因んで、バカを「馬鹿」というように

   なった。

③    むかし支那に「馬」という姓の富豪の一族がいて、

   くだらないことにお金を湯水のごとく使い、その家が荒れ放題になったという

   白居易の詩の一説から生まれた説で、馬家の者から「馬鹿者」になったと云われる。

④    禅の経典に出てくる「破家」(破産するという意味)に「者」をつけ

   「破産するほど愚かな者」ということから「馬鹿者」という言葉が生まれた。

   他にも様々な説があるようですが、どれも確定的なものではないようです。

    

『う~ん、バカ・馬鹿・莫迦か…バカにもいろいろ云われがあるんだな~』

自分で調べたバカの語源に感心していると、妻がやってきて

「あっ!また馬鹿のひとつ覚えみたいに、面白くないブログ書いてる。

そんな誰も読まないものに時間をかけて、バカバカしいと思わない?

ウサギ編集長もあなたの莫迦げた自己満足に付き合わされて、かわいそう」

(ブログNo.4『兎に角』を読んで下さい)

そうです、私は妻にバカにされても 馬鹿にされても 莫迦にされても

頭のネジがバカになるまで、ブログを書くつもりです。

皆さん、応援して下さい。

医療法人 添田歯科診療所 院長 添田義博

※宦官:東洋諸国で宮廷や貴族の後宮に仕えた、去勢された男子。

   中国・オスマン帝国・ムガール帝国などに多かった。王や後宮に近接している為

   勢力を得やすく、政治に種々の影響を及ぼした。

   宦者(かんじゃ)ともいわれる。(Yahoo辞書)